申34:4「そして主は彼に仰せられた。「わたしが、アブラハム、イサク、ヤコブに、『あなたの子孫に与えよう』と言って誓った地はこれである。わたしはこれをあなたの目に見せたが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」」
モーセが約束の地を目前にして入れなかったのは、やはりメリバの水事件がきっかけだと思います。そのとき主がモーセに命じられたのは「岩に命じよ(民20:8)」というものでした。ところがモーセはイスラエルの民の不平を聞き、自分を失っていたようです。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか(民20:10)」と言ったモーセには平常心が欠けていたように見えます。モーセが心に思い描いたのは、ホレブの岩の出来事です。やはりそこでも水がないとイスラエルの民は不平を言いました(出17:3)。主はモーセに岩を打つように命じ、水が出てきました(出17:6)。このイメージがモーセの判断を狂わせたのです。「杖を取れ(民20:8)」は、主の命じたことでモーセもそのとおりにしています(民20:9)。しかし、そのあとが問題でした。今まで主の言われたとおりに従ってきたモーセが、自分の考えで主の命令を微妙に変えたのです。それはあたかもエデンの園で蛇がエバに言った「園のどんな木からも食べてはならない、と神はほんとうに言われたのですか(創3:1)」と同じ光景です。人には微妙に違うことに思えても、神にとっては天と地ほどかけ離れていることがあるのです。モーセは主に愛された預言者で「モーセのような預言者はもう再びイスラエルに起こらなかった(10)」とあります。それだけにメリバの水事件は悔やまれます。