哀歌2章 幼子を食べてよいでしょうか

哀2:20「主よ。ご覧ください。顧みてください。あなたはだれにこのようなしうちをされたでしょうか。女が、自分の産んだ子、養い育てた幼子を食べてよいでしょうか。主の聖所で、祭司や預言者が虐殺されてよいでしょうか」
イスラエル王ヨラムの時代に、アラム王ベン・ハダデがサマリヤを包囲したことがありました(2王6:24)。食糧が尽きたサマリヤの城内では、自分の子どもを殺して食べた記録が残っています(2王6:29)。それは飢きんのために飢えに苦しんだ末の判断だったかもしれませんが、イスラエルには異邦の神の習慣が入り込んでおり、自分の子を火の中にくぐらせることをしていました(2王16:3)。それは律法の中でも禁じられていたことで、もし火をくぐらせることがあったなら神の名を汚すことになりました(レビ18:21)。自分の子どもに火をくぐらせることで心が麻痺したイスラエルの民は、平気で子どもを食べる決断をしたのだと思います。モーセと荒野にいた時代から禁じられていたのは、それがイスラエルの民にとって受け入れやすかったからです。そして、もう1つ主の祭司と預言者が殺されることが書かれています。エレミヤも真実を伝える預言者でしたが、王と民の耳には心地悪く、監視の庭に監禁されていました(エレ32:2)。いつしかイスラエルは、主の最も忌み嫌うことを平気でする民になっていたのです。神にさばかれ捕囚にあった民は「これが美のきわみと言われた町、全地の喜びの町であったのか(15)」と揶揄されます。自分たちが敵ではなく、主から痛めつけられたとき、ハッと気づくのです。