ヨシュア記24章 ヨシュアの生きている間

ヨシュ24:31「イスラエルは、ヨシュアの生きている間、また、ヨシュアのあとまで生き残って、主がイスラエルに行なわれたすべてのわざを知っていた長老たちの生きている間、主に仕えていた」

神が約束を守るお方でも、人間の方に問題はあります。ヨシュア記の最後に、イスラエルは終生神のおきてを守り、末長くその繁栄は続いた、などと書かれていません。聖書の伝えることは、ヨシュアが生きている間とヨシュアとともに主の奇跡を体験した長老たちが生きている間、主に仕えていたというものでした。ヨシュア記24章はヨシュアの遺言のようなもので、モーセ申命記に似ています。ヨシュアイスラエルヨルダン川を渡らせ、先住民と戦い、割り当て地を定めて、最後に主に従うように言い残しました。ヨシュアが新約のイエス様と似ている部分があるなら、すべてのお膳立てをして去っていくということでしょうか。ヨシュアもイエス様も、あとは人々の信仰次第だと委ねています。ただ1つ違うのは、イエス様が去ったのちに聖霊が人々に下り、その都度助けになったり、支えてくださるようになったことです。ヨシュアは「あなたがたは主に仕えることはできないであろう(19)」と言い、すでにイスラエルに潜り込んでいる異邦の神々のことを警戒していました。それらの異邦の神々は主のねたみを引き起こし、やがてイスラエルの民の熱心とは別に律法から離れてしまうのです。それでもヨシュアが律法の書を石に書き、石をイスラエルの信仰の証しとしたのです(27)。

ヨシュア記21章 一つもたがわず、みな実現した

ヨシュ21:45「主がイスラエルの家に約束されたすべての良いことは、一つもたがわず、みな実現した」

レビ族の割り当ての地には「のがれの町」と放牧地がセットになって与えられています(13、21、27、32、38)。それは、逃れの町に逃亡してきた者の話を祭司が聞き、そのことが正当かどうかを判断する必要があったからです。そして、レビ族には捧げものをするために家畜を常に飼っておかなければなりませんでした。全焼のいけにえには傷のない雄の羊、子羊、やぎを捧げなければならず(レビ1:10)、それらをすぐに用意することはできないので、いつも牛や羊、やぎを飼っておく必要がありました。しかも、和解のいけにえには「傷のない」牛が必要で、それを用意するにもいつも注意深く牛を観察していなければなりませんでした。天幕はシロに置かれ(18:1)、天幕が定住してしまうと、彼らはもっぱら、いけにえを捧げることや、香を炊き(出30:7)、火を灯し続け(レビ6:12)、パンを捧げること(出25:30)が主な仕事となりました。レビ族には相続地は与えられませんでしたが、「主」が彼らの相続地だと言われたとおり(13:33)、12部族から与えられた地に安住しました(43)。聖書には「すべての敵の中で、ひとりも彼らの前に立ちはだかる者はいなかった(44)」とあるように、土地が割り当ててからしばらくは平穏な日々を過ごせました。

ヨシュア記20章 これらの町の一つに逃げ込む場合

ヨシュ20:4「人が、これらの町の一つに逃げ込む場合、その者は、その町の門の入口に立ち、その町の長老たちに聞こえるように、そのわけを述べなさい。彼らは、自分たちの町に彼を受け入れ、彼に一つの場所を与え、彼は、彼らとともに住む」

たとえ過失であっても、自分の肉親が殺されたのなら復讐したいと思うでしょう。この「のがれの町」は、荒野にいるときからの主の命令で(民35:6)、まだ約束の地に入る前から主は過失による事故が起こり得ることを知っていました。もし、殺された家族がその現場に居合わせて、目撃したなら、過失者を追いかけないでしょうか。当時は正当な逮捕や公正な裁判などはありませんから、過失を犯した者はただ逃げるしかありません。逃れの町が何十キロと離れていようとも、そこに逃げ込むしか助かる道はないのです。ひょっとしたら、死んだ者の家族は諦めずにずっと追いかけてくるかもしれません。逃れの町に入ったら復讐はもうできないのです。聖書の中では、実際に逃れの町の外で復讐されたことは書かれていませんが、逃れの町に入る前に復讐を遂げられた者もいたかもしれません。イエス様は「愛」を説き、赦すことを奨励しました(マタ7:1)。それでも同胞の間で傷つけ合うことは避けられません。「復讐と報いとはわたしのもの(申32:35)」という主のことばとおりに、復讐を自分の手でするのではなく、主に委ねることができれば逃れの町もいらないのでしょう。逃れてきた者の必死の訴えが長老たちに理解してもらえれば、彼の命は助かります。

ヨシュア記18章 ユダ族とヨセフ族の間にあった

ヨシュ18:11「ベニヤミン部族の諸氏族がくじを引いた。彼らのくじに当たった地域は、ユダ族とヨセフ族の間にあった」

相続地の中で最も広い土地を持つのはマナセ族でしょう。それはヨルダン川を挟んで東西に半部族ずつ与えられていたからです。ヨセフ族、すなわちマナセとエフライム族は主に祝福され多くの人数になっていました(17:15)。聖書の記述では、くじを引くのはヨセフ家として1つのくじのような書き方になっていますが、ヨシュアとしては最大人数のマナセとエフライムを一つの割り当てにするのは妥当ではないと考えていたようです。そのため山地をあてがって、そこを切り開いて所有の地とするように勧めています(17:18)。やがてエフライムは山の部族と呼ばれるようになり(1サム14:22など)、イスラエル国の長の役割をするようになります。さらにユダ族はカレブのゆえに早々と割り当て地をもらっており(15:13)、エルサレムから南のネゲブ砂漠に至るまでがユダ族の地となっています(15:21ー63)。残りの7部族でベニヤミンが最初のくじを引き、エルサレムを含むユダとエフライムの間の小さな土地が当たっています(11)。あとの土地は、北に残っている土地しかありません。シメオンに至っては、ユダの割り当て地の中に住むようになっています(19:9)。一番貧乏くじはダンが引き当てています(19:40)。

ヨシュア記12章 バシャンの王オグの王国の全部

ヨシュ13:30「彼らの地域は、マハナイムからバシャンの全部、バシャンの王オグの王国の全部、バシャンにあるハボテ・ヤイルの全部、その六十の町」

バシャンの地で60の町を取ったのは(申3:4)、オグがイスラエルのバシャン通過を認めず、攻撃してきたからです(民21:33)。モーセヨルダン川を渡れず約束の地へ入れませんでしたが、モーセの生存中に戦った相手はバシャンのオグとエモリ人シホンで、この2人の王の土地はルベン、ガド、マナセの半部族に与えられました(23-29)。中でもバシャンのオグはヨルダン川の東部ではビッグネームで、かなりの勢力を誇っていました。それはオグがレファイムの生き残りで、レファイムはネフィリムの子孫だと思われます。聖書には彼の鉄の寝台は長さ9キュビト、幅4キュビトだと書かれています(申3:11)。当時としては60の町を牛耳って、広い領土を支配していたオグは相当な権力者だったと考えられます。ただ、イスラエルの民は300万人とも400万人とも言われ、相当数の人口だったために、荒野を抜けて人が住む土地に入るとすぐにいざこざに発展していました。バシャンの地もその1つです。バシャンの地を通過しようとしたイスラエルはあまりにも大勢だったので、オグは侵略だと見なしたのでしょう。しかし、イスラエルの背後には神がついておられ、結局オグの地はマナセの半部族に与えられたのでした(30)。

ヨシュア記12章 山地、低地、アラバ、傾斜地、荒野、およびネゲブ

ヨシュ12:8「これらは、山地、低地、アラバ、傾斜地、荒野、およびネゲブにおり、ヘテ人、エモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人であった」

ヨルダン川を渡ってすぐにエリコの町があり、エリコの隣の町アイになるとすでに山地のなっており、「傾斜地」と書かれているのはアイのような町を指していると思われます。ヨシュアの征服地は西と南の地へと続き、ヨルダン川を北上しガリラヤ湖に至るまでの地はアラバという一語で書かれています。イスラエルの戦った王たちはそれぞれの地に散らばっており、聖書によれば低地や荒野、さらにネゲブと書かれています。ネゲブ地方はエルサレムからは100キロほど離れているので、日本で言うならエルサレムは鹿児島、ネゲブ地方は種子島ぐらいの緯度になります。1948年のイスラエル再建国のときは、イスラム系のアラブ人だけが先住民でしたが、ヨシュアのときは最低でも6種族が約束の土地に住んでおり、神はこれらのすべての部族を根絶やしにせよと命じられたのです。主はヨシュアに「強くあれ。雄々しくあれ。あなたはイスラエル人を、わたしが彼らに誓った地に導き入れなければならないのだ。わたしが、あなたとともにいる(申31:23)」と励まし、ヨシュアも神のことばに奮い立ち約束の地を占領することができました。ヨシュアと戦った31人の王たちが弱かったとは思いませんが、ヨシュアの後ろには主がついておられたのです。

ヨシュア記10章 日よ。ギブオンの上で動くな

ヨシュ10:12「主がエモリ人をイスラエル人の前に渡したその日、ヨシュアは主に語り、イスラエルの見ている前で言った。「日よ。ギブオンの上で動くな。月よ。アヤロンの谷で」」

太陽は太陽系の中心なので、太陽自身が動くことはありません。太陽も月も止まったのなら、それは地球が止まったことを指しています。それともエモリ人との戦いが長く続いたので、イスラエルは太陽がなかなか沈まなかったように感じたのでしょうか。アインシュタインによるなら時間と空間の関係は相対的で、それは観察者の視点にもよることがわかっています。列車に乗っている人と、遠くから列車を眺めている人とでは時間の流れが違っているのです。極端な例は「浦島太郎」で、もし光の速さで竜宮城まで行ったのなら、戻ってきたときに何十年と時間が過ぎていてもおかしくないのです。しかし、ヨシュアの奇跡は、モーセの葦の海が割れたこと(出14:21)、ヨルダン川がせき止められ(3:17)、エリコの城壁がときの声とともに崩れ去ったこと(6:20)など、科学的な説明ができないことが多くあります。モーセの時代にアマレク人との戦いで、ヨシュアモーセの手が下がらないように支えた経験があります(出17:10-11)。今回はイスラエルがエモリ人を打ち負かすまで、太陽が動きませんでした。聖書には主が人の声を聞き入れたことは先にも後にもなかった、とあります(14)。神が太陽を止めたのはおそらく、これが最初で最後だったのではないでしょうか。