時は縮まっています

1コリ7:29-30「兄弟たちよ。私は次のことを言いたいのです。時は縮まっています。今からは、妻のある者は妻のない者のようにしていなさい。泣く者は泣かない者のように、喜ぶ者は喜ばない者のように、買う者は所有しない者のようにしていなさい」
なぜ逆のフリをしなければならないのでしょうか?時が縮まっているからです。どういう意味でしょうか?イエス様は再臨されるときは、ノアの日のようだと言われました(マタ24:37)。ノアが箱舟にはいるその日まで、人々は、飲んだり、食べたり、めとったり、とついだりしていました(マタ24:38)。日常の日々が何の妨げもなく、行われていたのです。しかし、主の日はすべての価値観が変わるときです。結婚も、喜びも、悲しみもすべての人が経験したものは過ぎ去ります。主と一つのなることが教会の結婚です。男と女が結婚することは、教会の結婚のひな形です。主が来られるならもはや従来の結婚は必要なくなります。人の喜びが喜びでなくなり、人の悲しみが悲しみでなくなります。主の喜びが人の喜びになり、主の悲しみが人の悲しみに変わるのです。すべての価値観は、以前のものとは違ってきます。従来の価値観に浸り続けるなら、ノアの日が来てもわからず、ロトの妻のように後ろを振り返り、主の日を逃してしまうのです。