実は裸

黙3:17「あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない」
ある国の一番の金持ちが日本に来て、都心に家を買うことにしました。自分の国と同じような土地の大きさで、同じ間取りにするなら、きっと快適だろう…金持ちはさっそく、気に入った家を買おうとしました。不動産の人はその金持ちに「こちらの物件は3億円になります」と告げました。自分の国では一番の金持ちでも、その人は買うことができませんでした。井戸の中のカエルは、外の世界を知りません。まして全宇宙をも造られた創造主の前でどんなに、おごり高ぶったところでそれが何になるでしょう?「わたしは神様から試練を受けました。もうどんな人でも受け入れることができます」…などと言う人もいるかもしれません。しかし「わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする(19)」とあるように、わずか1回の試練では、主は満足なされません。ちょっと祈りに答えられただけで、主のすべてを知ることがないように、ちょっとの人生経験でいきなりは成長しないのです。主から「裸」だと言われないように、身を引き締め、すぐに満足し豊かになったと勘違いしないようにしましょう。