若枝はイエス様

エゼ17:22「神である主はこう仰せられる。「わたしは、高い杉のこずえを取り、そのうちから、柔らかい若枝の先を摘み取り、わたしはみずからそれを、高くてりっぱな山に植える」
今回は直接的なことばで「滅びる」だの「死ぬ」だのということばは控えられています。主は最初に「なぞをかけ、たとえを語り(2)」と言われ、預言を聞く人に想像を働かせて、何が起きているのかを知らせようとしています。そういう意味では、このなぞかけはそんなに難しいものではなく、最初の大鷲(3)も2番目の大鷲(7)も大体想像がつくようなものです。それどころか11節以降に書かれているのは、まさしく10節までのなぞかけの解き明しそのものです。それを踏まえて22節以降を読むなら、今までの流れとは違うこれから起きる未来について語っていることがわかります。ここではもう鷲が杉のこずえを取るのではなく、「わたし」がこずえを取ると書かれています(24)。しかもそれは「柔らかい」若枝です。 砕かれて、へりくだった若枝が誰を指すのかは言うまでもありませんが、それは高くりっぱな山に植えられます(22)。「高い木を低くし、低い木を高くし」「緑の木を枯らし、枯れ木に芽を出させる」は主の本質を語っています(24)。言い換えるなら、一番小さい者に目を留め、最もへりくだった者を通して栄光をあらわす…まさしく主ご自身です。