世を愛してはなりません

1ヨハ2:15「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません」
ここで使われている「愛」は全部「agape(アガペ)」が使われています。それはすべてを投げ出してでも愛するという、神の愛のことを指しています。「世」を全身全霊で愛すると同時に、神をも同じ愛で愛することなどできないでしょう。「だれも、ふたりの主人に仕えることはできません(マタ6:24)」とイエス様が言われたとおりです。またイエス様は「あなたがたは、神にも仕え、また富にも仕えるということはできません(マタ6:24)」とも言われ、神の反対にあるものは「富」だとされました。つまり「世」を代表するものは「富」であり、これにまつわる物欲はすべて神と対岸にあるものです。このことはある男が地上に散々富を蓄え、いざこれから人生を楽しもうとしたとき、「おまえのたましいは、今夜おまえから取り去られる(ルカ12:20)」と神から言われたたとえ話を思い出させます。人生がすべて楽しいとは言いませんが、富に執着する人生と、神の与えてくださる祝福とは違うものです。どういう風に違うのかと聞かれても困りますが、神を信じるものだけが体験する特別なものだと信じています。