尊い方

マコ10:18「イエスは彼に言われた。「なぜ、わたしを『尊い』と言うのですか。尊い方は、神おひとりのほかには、だれもありません」
尊い」のギリシャ語「agathos(アガソス)」は、おもに「良い」と訳され、英語KJV、NIVでは「good」、新共同訳と口語訳は「善き」と訳しています。新改訳でもこのイエス様と青年とのやりとりのときのみ「尊い」と訳され(ルカ18:18)、他は「良い」と訳されています。尊いには身分が高く、近づきがたい意味があります。それは神ご自身をどう表現するかが関わっており、単に「agathos(アガソス)」を「良い」と訳せなかったのです。新改訳の訳者橋本氏(マルコ訳者)と藤井氏(ルカ訳者)はおそらく、この箇所を突き合わせて「神おひとり(ルカ18:19)」に対する最もふさわしい形容詞を探したのだと思います。良い、素晴らしい、褒めたたえられるべきなど、どんな形容でも主を表すことはできないでしょう。しかし、言葉は神から与えられたものですから、人が考えうる全ての言葉を使って、主を賛美すればよいのではないでしょうか。言葉はもともとそのためのものであり、決して人を呪ったり、卑下するためのものではありません。主が「尊い」お方で、「良い」お方には変わりないのですから。