ヨブ9章 私は自分のいのちをいとう

ヨブ9:20「私は潔白だ。しかし、私には自分自身がわからない。私は自分のいのちをいとう」
「いとう」はおそらく「厭う」のことでしょう。国語辞典では「嫌って避ける」だとあります。新共同訳では「生きていたくない」と訳されています。これはヨブの本音だと思います。自分は正しく生きてきたはずなのに、この仕打ちは理解できない…とも取れます。「私の受けたすべての苦痛を思うと、私はおびえます(28)」というのもヨブの本音のように聞こえます。確かに神は、ご自分との約束を守る者に対して、特別な計らいをお持ちになっています。アブラハムは最初に神と契約を交わし(創12:1-3)、やがてイスラエルの民もモーセを通じてシナイ契約をします(出20章)。特に「わたしを愛し、 わたしの命令を守る者には、恵みを千代にまで施すからである(出20:6)」は、旧約と呼ばれる約束の基盤となることばです。ヨブは主を恐れ、悪から遠ざかる男だったはずです(1:8)。それはヨブが言ったのではなく、神がサタンに言われたことです(1;7-8)。サタンの考えた試練は意外に功を奏し、ヨブはまさに混乱の只中にいます。「生きていたくない(新共同訳)とまで言わせたのは、とりあえずサタンに軍配が上がりました。しかし、3人の友人の問いかけは続きます。