詩篇137篇 子どもたちを捕らえ、岩に打ちつける人

詩137:9「おまえの子どもたちを捕らえ、岩に打ちつける人は、なんと幸いなことよ」
何とも言えない惨い表現ですが、それほどユダヤ人たちがバビロンから苦しめられていたことがわかります。そもそもはバビロン人たちが面白がって、余興に「シオンの歌を歌え」と命じられたことで、悔しく嘆いているのです(1-3)。神の前で歌うのは賛美ですが、人の前で歌うのは余興でしかありません。その違いがバビロン人はわからないのです。それが「どうして、異国の地にあって主の歌を歌えようか(4)」という言葉に集約されています。ユダの王たちは全員が主に御心を行う王ではありませんでしたが、神を忘れたわけではありません。ヒゼキヤ、ヨシヤ王の活躍で異教に走ろうとも引き戻され、そのたびに悔い改め、主に立ち返っていました。この詩の背景には「ああ、私たちはどうしてこうなってしまったのだろう」という嘆きがあり、主にバビロンの神を侮った言動をさばいてほしいと願っています(7)。その最たる言葉が「子どもたちを捕らえ、岩に打ちつける人は、なんと幸いなことよ」に表れているのです。