わたしは背負う

イザヤ46:4「あなたがたが年をとっても、わたしは同じようにする。あなたがたがしらがになっても、わたしは背負う。わたしはそうしてきたのだ。なお、わたしは運ぼう。わたしは背負って、救い出そう」
神が人を背負う?…そんなこと、恐れ多くてできません。しかし聖書にははっきりと「わたしは背負う」と書かれています。遠くに神が立って、手招きしているわけではありません。どちらにしようか、と迷っているときに正しい判断を与えてくださるわけでもありません。主が自ら人を背負って、救い出してくださるのです。人が罪を赦され、救われることは本当に不思議なことです。人がどんなに努力しても罪は消えません。最初からいのちの書に書かれている名前の者が救われるのです(黙20:15)。しかしその名前も消される可能性があります。「彼らがいのちの書から消し去られ、正しい者と並べて、書きしるされることがありませんように(詩69:28)」…消されたら大変です。しかし「堕落してしまうならば、そういう人々をもう一度悔い改めに立ち返らせることはできません。彼らは、自分で神の子をもう一度十字架にかけて、恥辱を与える人たちだからです(ヘブ6:6)」年老いても背負ってくださる方を裏切ることはできないでしょう。