好まれる断食

イザヤ58:6「わたしの好む断食は、これではないか。悪のきずなを解き、くびきのなわめをほどき、しいたげられた者たちを自由の身とし、すべてのくびきを砕くことではないか」
人はいつのころから断食をするようになったのでしょうか?聖書に最初に断食が出てくるのは、士師記20章です。それ以降、断食は願いを聞き入れてもらう手段として王や士師、新訳では敬虔なユダヤ教徒が行っています。もちろん「食」を断つことを指します。しかしこのイザヤ58章だけは、違うことが書かれています。断食はすべてから開放され、自由になることです。思い悩みを主の前に差し出し、解決を要求することではありません。少なくともイザヤ58章ではそう書かれています。断食は問題解決の手段ではなく、逆にその問題から解き放たれ、主を賛美するための時間だと思います。イエス様も荒野で40日40夜の断食をしました。何を祈ったかはわかりませんが、おそらくこれから始まる宣教に対して、心が解き放たれるためのものだったのでしょう。苦しいときに断食するのは、心を自由にするためです。