安息日には

ルカ13:16「この女はアブラハムの娘なのです。それを十八年もの間サタンが縛っていたのです。安息日だからといってこの束縛を解いてやってはいけないのですか」
安息日は働いてはならない…これは創世記から続く神のパターンです。人の体もずっと働きっぱなしだと、どこかおかしくなってしまいます。ルカの福音書の中ではサマリヤ人を隣人と呼んだり(10:36)、エルサレム預言者を殺した不従順の街としたり(34)、いわゆる常識と呼ばれるものに異を唱えています。ここでも安息日に癒しのわざを行うことを「仕事」と見なしている会堂管理者に、神の考えた安息日の本質を問いかけています。アブラハムの娘とは、約束の子らという意味です。神に属するものが18年もの間、サタンの支配下にあったのです。神の子に立ち返るときに、「今日は安息日だからあしたにしよう」とはならないのです。苦しみを受けている人たちを解放するのに、制限があってはなりません。無限に注がれる主の愛が、何かの都合でストップされることは残念なことです。安息日は主のみわざを知り、ほめたたえる日です。安息日に主の栄光が表されるなら、益々主のわざはほむべきではないでしょうか?