ヨブの隠れた部分

ヨブ6:24「私に教えよ。そうすれば、私は黙ろう。私がどんなあやまちを犯したか、私に悟らせよ」
ここらへんからヨブの心の中が浮き彫りになっていきます。ヨブの訴えは「私は正しい」でした。決められた約束や法律を守ったところで、その人が「義」と認められるわけではありません。「私は罪を犯しませんでした」は厳密には間違った言葉の使い方です。人が神から離れている以上、その人は「罪」の状態にあるからです。ヨブは自分の息子たちのためにさえ、いけにえを捧げ「ひょっとしたら息子たちが罪を犯し、神を呪ったかもしれない(1:5)」と心を堅く保っていました。しかしサタンは何が神と人の隔たりになるかを知っていたのです。「何かを与えるから、主を慕うのだ」…サタンの狙うべき弱点はここにありました。それゆえ、ヨブの心に徐々に隠されている部分が明らかにされていくのです。「裸で帰ろう(1:21)」とまで言ったヨブに「私は正しい」という心の奥底の、取り扱うべき問題が出てきたのです。