律法って何?

ガラ3:17「私の言おうとすることはこうです。先に神によって結ばれた契約は、その後四百三十年たってできた律法によって取り消されたり、その約束が無効とされたりすることがないということです」
律法が取り消されることはないけれども、永遠のいのちをもたらすものでもありません。旧約聖書を読むならば、すべては律法を守るために多くの犠牲があったことが分かります。でも、それだけ大切に守られてきた律法も何のためだったのかを知らずに多くの人は死んでいったと思います。律法を守るなら、神が悪から守ってくださり、永遠のいのちをあたえてくれる、と勘違いしたかもしれません。実際に、ローマでもコリントでもガラテヤでもこの問題は大きくクリスチャンの信仰を左右しています。パウロはどの手紙にも、この説明を加え福音が何なのかを伝えています。律法がなければ、罪はありません。罪がなければ、購われる必要もないのです。十字架の意味がなくなってしまいます。イエス様が来られたのは、神の与えた大きな命題である「律法」に解決をもたらすためです。多くの人が悩み、苦しみ、どうやったら律法を守り神との約束を果たしていくのかがわからなかったのです。結論としては、律法は罪を示すものだけれども、人の力でまっとうするのは不可能です。律法を完結させるには、律法を全うした人を信じる以外にありません。パウロの力説は続きます。