永遠の光

イザ60:19「太陽がもうあなたの昼の光とはならず、月の輝きもあなたを照らさず、主があなたの永遠の光となり、あなたの神があなたの光栄となる」
黙示録に「もはや夜がない(黙22:5)」と言う記述があり、この御言葉を思い出させる内容のものがあります。黙示録によれば「神である主が彼らを照らされるので、彼らにはともし火の光も太陽の光もいらない」と続きます。まるでイザヤとヨハネは同じまぼろしを見たかのようです。太陽は地球を照らすのに十分な光があり、人がその光をまともに見るなら目がつぶれてしまいます。しかし宇宙には太陽の何百倍もの明るさの星があり、太陽が最も明るいわけではありません。神である主が宇宙を創造したとしたら、明るさの基準は神ご自身だと思います。神より明るい光はこの世にないのです。人は神を見ることができません。その聖さと正義のゆえに、私たちにはまぶしすぎるのです。人の罪は心を汚し、聖なるものの前には醜く暗い様子を示します。唯一、人が神を見ることができるとするなら、罪から開放されることです。主がわたしたちの光となる日は、罪から開放され新しい体が与えられてからだと思います。黙示録では、新しい天地と書かれていますが、そこにはもはや罪はなく、心から主を賛美するものたちだけが集まり永遠に賛美を捧げるようになるのです。主の栄光はますます輝き、わたしたちを照らし、その栄光のゆえに生き続けることができるのです。