裏切り

ヨハ13:27「彼がパン切れを受けると、そのとき、サタンが彼にはいった。そこで、イエスは彼に言われた。『あなたがしようとしていることを、今すぐしなさい』」
足を洗ったときも、パンを鉢に浸して渡したときも、サタンがユダに入ったこともすべてイエス様には判っていました。なぜ「あなたがしようとしていることをやめなさい」と言わなかったのでしょうか?我々の常識からするなら、裏切りをやめさせるのが自然なことです。自分が捕まり、裁判にかけられ、十字架にかかることが、たとえ御心であったとしても裏切りを認めることは理解に苦しみます。「これは神の御心だったからしかたないんですよ」と説明されて納得しますが?「ああ、そうですか」と簡単に答える人は、あまり人生で裏切られたことのない人だと思います。それがどれほど周りの人を傷つけ、心を痛める行為かを知る人にとっては、とても重いテーマです。裏切りは当事者が最も傷つくものですが、第3者にとっては、痛みを感じにくいものです。ユダはイエス様一行の金を預かるほど信頼をされていました。会計を任されるのは、その忠実さを認められているからです。ほかの弟子たちも、ユダが裏切るとは思っていなかったようです。誰からも信頼される者が裏切るから、裏切りは怖いのです。そして、サタンはその怖さを巧みに利用しました。イエス様が通らなければならなかった道はなんと険しいものだったのでしょうか。