存在しなかったほうがまし?

伝道4:3「また、この両者よりもっと良いのは、今までに存在しなかった者、日の下で行なわれる悪いわざを見なかった者だ」
両者とは生きながらえている人と死んだ者のことです(2)。生きるより、死んだほうがまし…という嘆きの言葉がありますが、ソロモンはさらに上を行き「生まれなかったほうがまし」と言っています。それは、今生きている者と死んだ者たちは、地上の悪を見ているからです。まだ生まれていない者は、悪いわざをまだ見ていないから良いのだ…ということです。それほど、日の下で行なわれる悪いわざを警戒しているのです。もし、社会で成功したとしても、それは人間同士のねたみから来ているのだ、とあります(4)。確かに、競争原理が働かなければ、トップに立つ魅力が半減してしまうでしょう。切磋琢磨(せっさたくま)は互いに競り合って、共に向上する意味ですが、誰もがそうなるわけではありません。喜ぶ者と一緒喜ぶ(ロマ12:15)ことは意外に難しいことなのです。オリンピックですべての競技者が金メダルを取れるわけではありません。甲子園で優勝できる高校は一つだけです。誰もが自分こそ偉いとか、自分こそほめられるべきと思っているなら、人の成功はおもしろくないでしょう。どんなに富に囲まれ幸せのように感じても、人の心が神に傾かない限り、本当の幸福は味わえないと思います。神のない人生はむなしいのです。