何も起きない

出5:23「私がパロのところに行って、あなたの御名によって語ってからこのかた、彼はこの民に害を与えています。それなのにあなたは、あなたの民を少しも救い出そうとはなさいません」
主が約束されたのだから、すぐにでもエジプトからヘブル人が出て行ける…と誰もが思うことです。モーセも例外ではなかったようです。神がなさることだから何でも超自然的に起こる…と想像するのは勝手ですが、主にはご自分の計画があります。誰がこのときに、エジプトから脱出するとき、エジプト軍から追われると気付くことができたでしょうか?あるいは誰が紅海が2つに分かれ、その渇いたところを渡って逃げることを想像できたでしょうか?モーセは民に語り、王に出エジプトを告げれば自分の役目はすぐにでも終わるように思っていたのです。しかし、主は10の災いを通して、モーセを訓練する必要がありました。それは荒野での長い生活と厳しい自然に耐えうる忍耐力がリーダーになければならなかったからです。パロの心をかたくなにし、モーセが忍耐と知恵を学ぶようにされたのは主です。たとえ主からの啓示が与えられようとも、すぐにその啓示のとおりになるわけではありません。預言者が預言した内容も、あるものは成就するまでに2000年もかかっています。主が言われる「すぐ」は、人には何世代もかかることです。最後まで信仰を持ち続けるなら「すぐ」はその人の時代に来るかもしれません。