、わたしの聖なる名を汚す

レビ20:3「わたしはその者からわたしの顔をそむけ、彼をその民の間から断つ。彼がモレクに子どもを与え、そのためわたしの聖所を汚し、わたしの聖なる名を汚すからである」
ソロモンはこの律法を破り、自分の妻たちの神をあがめるようになりました。彼はモアブのケモシュと、アモンのモロクのために祭壇を築き(1王11:7)、これを見たほかの妻たちも自分の神々に香をたき、いけにえを捧げたとあります(1王11:8)。レビ記の律法によるならソロモンは死罪です。それ以外にも幾人もの王が異邦の神に走り、いえにえを捧げたことが聖書に書かれています。いけにえを捧げると簡単に書かれていますが、実際には自分の子どもを燃える火の中をくぐらせ殺してしまうという、とても残忍ないけにえの捧げ方です。主はこのことに目をつぶるなら、目をつぶった人たちから顔をそむけ、民から絶つ…と言われています(5)。いかに主がケモシュやモレクを嫌っていたかがわかります。それは聖なる名を汚すことだと書かれ、御名を汚すものは主から切り離されてしまいます。クリスチャンの行為はおおまかに分けて「主に栄光を返す」行為と「御名を汚す」行為とに分かれると思います。ことばを一つとっても俗悪で下品な言葉を話すのと、人を励まし勇気付ける言葉とでは大きな違いがあります。「悪はどんな悪でも避けなさい(1テサ5:22)」と聖書にあるように、行動のひとつひとつに気をつけれなければならないと思います。