すぐに答えて欲しい

詩20:9「主よ。王をお救いください。私たちが呼ぶときに私たちに答えてください」
「王をお救いください」は新改訳の下の注意にあるように、「王に勝利をお与えください」とも訳せると書かれていますが、原語ヘブル語では「yasha(ヤシャー)」という言葉が使われ、「救う」という意味が強いものです。どちらにしろダビデは自分が呼ぶときに、主に応えて欲しいことを切に願っています。また、「yowm(ヨウム)」という単語が「呼ぶ」と「答える」との間にあります。これは時間を表わす語で、通常は「1日」ですが、前後の意味合いから「1年」や「1時代」を指すこともあります。ダビデとしては、祈ったなら1日のうちにその答えをください…という、早急な願いとして歌ったのかもしれません。しかし、主は祈りにすぐ答えられる場合と、そうでない場合があります。それは主が信仰を試されるからです。詩篇19編では「純金よりも好ましく、蜜蜂の巣のしたたりよりも甘い(19:10)」とダビデが称えるほど、主の戒め、さばきは正しいものです。人が主をどんなに褒めたたえようとも、そのひとつひとつの言葉が本物であるかどうかは試されます。祈りに答えられない時間が長ければ長いほど、主への信仰は揺らいでいきます。自分の思い通りにならないときに、主への賛美を忘れず、心から主を愛することができるなら、私たちが主を呼ぶときにすぐに答えてくださるかもしれません。