仕返し

詩41:10「しかし、主よ。あなたは私をあわれんでください。私を立ち上がらせてください。そうすれば私は、彼らに仕返しができます」
「仕返し」というのは、申命記に出てくる「復讐と報いはわたしのもの(申32:35)」の「復讐」とは意味が違うものです。ヘブル語で仕返しは「shalam(シャラーム)」で、あいさつで使われるシャロームの派生語で「支払う」の意味で多く使われ、その他「平和に努める」「報い」「報酬」「与える」「蓄える」「払い戻す」など、多様に使われています。復讐は英語で「avenge」で、よく使う「revenge」は自分のために恨みをはらすことで、「avenge」は誰かのために復讐することです。ここでは復讐を表すヘブル語「naqam(ナカーム)」は使われていません。ダビデは「彼ら」を滅ぼそうと、立ち上がらせてくださいと言っているわけではありません。自分の親しい友人までがかかとをあげた(9)、とあるように、信頼していた者たちにそれなりの「支払い」をさせるためです。そのためにも現在弱っている状態から脱出しなければなりません。勇気をふりしぼって、奮い立つにも主の助けが必要です。ダビデの訴えは詩となり聖書に残りました。主を賛美するというよりも、主に訴えかけた歌です。それは連戦連勝のダビデでさえ弱ることがあり、弱ったときに主に拠り頼む様子を詩篇に残した主の配慮によるものだと思います。