富と知恵だけでは

2歴1:11「神はソロモンに仰せられた。「そのようなことがあなたの心にあり、あなたが富をも、財宝をも、誉れをも、あなたを憎む者たちのいのちをも求めず、さらに長寿をも求めず、むしろ、わたしがあなたを立ててわたしの民の王とした、その民をさばくことができるようにと、自分のために知恵と知識を求めたので」」
主に知恵を求めた段階で、ソロモンには知恵があったと思われます。しかし、どんなに知恵と知識があってもイスラエルの国を守ることはできませんでした。ソロモンは多くの妻とそばめを持ち、そのほとんどが異教の女たちでした。彼女たちがソロモンをそそのかし、異教の偶像をイスラエルに持ち込んだのです(1王11:3)。エルサレムの東の山に異教の祭壇を築いたのはソロモン自身です(1王11:7)。それでも主はソロモンが最初に知恵を求めたことを喜び、この祈りに応え、「後の王たちにもないほどの富と財宝と誉れとをあなたに与えよう(12)」と言われました。そのことば通りにソロモンの時代にイスラエルは黄金期を迎えるのです。しかし、ソロモンの死後に国は2分し、ダビデ族とその他10部族がたもとを分かちます。富と知恵が人生の重要なポイントではないようです。ソロモンは主を恐れることが知恵の最初だと知っていました(箴1:7)。聖書が伝えることは富と知恵が兼ね備わっても、幸せにはなれないという戒めなのでしょうか?