敬虔の奥義

1テモ3:16「確かに偉大なのはこの敬虔の奥義です。「キリストは肉において現われ、霊において義と宣言され、御使いたちに見られ、諸国民の間に宣べ伝えられ、世界中で信じられ、栄光のうちに上げられた」」
「敬虔の奥義」とは日本語でもちょっと理解に苦しむ言葉ですが、英語NIVでは「the mystery from which true godliness springs」となっており、「真の敬虔がもたらす奥義」とも訳せます。ギリシャ語では「敬虔」は「eusebeia(ユセバイア)」で、「奥義」は「mysterion(ミステリオン)」で、英語のミステリーの語源になった言葉です。奥義は「現れ」「宣言され」「見られ」「宣べ伝えられ」「信じられ」「上げられた」という6つの動詞からなっており、これらすべてがイエス様の地上でなされたことです。「肉において現われ」以外はすべて受動態で書かれ、イエス様ご自身が地上に来られた結果を表しています。敬虔は慎ましく、信じる様を意味し、何を信じるべきかの奥義がこの言葉です。福音書がイエス様の生涯を伝える書物だとするなら、これら6つの動詞を使った言葉は福音そのものではないでしょうか?ヨハネ3章16節ばかりが福音のを表す御ことばではなく、ここにも福音を表す簡潔なことばが書かれています。