テサロニケ

1テサ1:9「私たちがどのようにあなたがたに受け入れられたか、また、あなたがたがどのように偶像から神に立ち返って、生けるまことの神に仕えるようになり」
もともと「テサロニケ」の名前は当時のマケドニア王の妻「テサロニカ」からつけられたものです。そのためマケドニア文化の影響が強く、偶像なども多くあったようです。使徒17章ではパウロとシラス(シルワノ)がどうやってテサロニケで伝道したかが書かれています。3週間に渡って聖書からの解き明かしに応じたのはわずかなユダヤ人たちとギリシャ人の貴婦人たちでした(使17:2-3)。しかし、多くのユダヤ人たちはパウロたちを受け入れず、ならず者を使ってパウロたちを排除しようとしました(使17:4)。これがテサロニケでの最初の伝道でした。パウロが手紙に「偶像から神に立ち返って」と書いたのは、テサロニケの土地柄から考えるなら覚悟のいる信仰だったことをほめているのです。パウロたちは仕方な くベレヤで伝導することになりましたが、この地のユダヤ人たちは「テサロニケにいる者たちよりも良い人たちで(使17:11)」と書かれるほどで、いかにテサロニケのユダヤ人が福音を受け入れなかったかがわかります。