エゼキエル31章 神の園にあるエデン

エゼ31:9「わたしが、その枝を茂らせ、美しく仕立てたので、神の園にあるエデンのすべての木々は、これをうらやんだ」
ヘブル語をギリシャ語に訳したセプチュアジンタでは、「エデン」は「パラダイス」と訳されています。ヘブル語の「eden」は「楽しみ」を意味し、アダムが罪を犯すまで、顔を伏せることなく、神と顔と顔を合わせて会話をした場所です(創3:8)。エデンの園には「見るからに好ましく食べるのに良いすべての木(創2:9)」があったと書かれています。その木の中にエゼキエルの言う高くて美しい木があったのでしょうか(8)?この美しい木はエジプトへの預言の中で登場し(18)、エジプトの高ぶりがエデンにかつていた高くそびえる木(5)と似ていたため比喩として使われたようです。神の記憶の中では人よりも先に堕落した「美の極み」と称される(38:12)者のことが頭によぎるようで、ツロの王(38章)やエジプトのパロ(30章)の高慢な態度を見るときに常に引き合いに出されています。彼ほど成功を収めた者はないでしょう。知恵に満ち、美しく(38:12)、誰からもうらやまれる存在です。しかし、彼には愛がありませんでした。愛は自慢せず、高慢になりません(1コリ13:4)という聖書が唱える「愛」の定義から外れていたのです。心がおごり高ぶるなら、主は低くされます。