傍若無人

2サム10:4「そこでハヌンはダビデの家来たちを捕え、彼らのひげを半分そり落とし、その衣を半分に切って尻のあたりまでにし、彼らを送り返した」
当時男性のひげは、強さの象徴でしたから、その半分をそり落とすのはかなり屈辱的なことだったはずです。しかも衣まで切られ、下半身丸見えで帰らなければならず、ダビデもそれを聞いて同情するぐらいひどい話です。ハヌンの父ナハシュは、サウルが王になったとき目をえぐり出せば講和に応じると暴言をはいた男です(1サム11:2)。ダビデとの関わりは不明ですが、ダビデ自身が何かしらの恩を受けたことを語っています(1)。サウルと戦ったことがあることから、ダビデの逃亡時代にかくまうようなことがあったのかも知れません。しかし、ナハシュの子ハヌンは父譲りの残虐な考えの持ち主です。目をえぐり出す条件を講和の際に出すのに匹敵するぐらい残忍な使者への仕打ちです。ヨルダン川を西にして、アラムが北、アモンが南に位置する関係でした。うまくやれば挟み撃ちになり、イスラエルに勝てる戦いだったはずです。将軍ヨアブは「主はみこころにかなうことをなされる(12)」…と、最後は主に委ねる決意をしていました。ここが勝利と敗北の分かれ目だったようです。傍若無人のハヌンの敗北は、アラムに恐怖を与え、二度とアモンを救おうとしませんでした。