復活の説明

マコ12:26「それに、死人がよみがえることについては、モーセの書にある柴の個所で、神がモーセにどう語られたか、あなたがたは読んだことがないのですか。『わたしは、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である。』とあります」
神は自分を示すときにモーセアブラハム、イサク、ヤコブの神だと名乗りました。具体的な名前ではなく、祖先たちの神だと言っているのです。アブラハムが亡くなったとき、息子のイサクには神がいなくなった?…いいや、そうではありません。アブラハムが死んでも、神はアブラハムの神であり続けたのです。今度はモーセの前に現れ、わたしはあなたの神である…と宣言したのです。もちろんモーセが死んだ後も、主はモーセの神であり続けるでしょう。それは肉体的な死を迎えたとしても、霊と魂は生き続けているという証拠でもあります。サドカイ人たちの大きな間違いは、復活しても女は妻で、男は夫であるという概念から抜け出していないことにあります。アブラハムもイサクもヤコブも神の前では死んだものではありません。彼らは信仰と共に神と生きているものです。わたしたちがアブラハムに会えると思っているのは、アブラハムは死んでいないと知っているからです。クリスチャンが肉体的な死を迎えても、希望があります。それは死であっても、本当の死ではないからです。