1列王記3章 最も重要な高き所

1王3:4「王はいけにえをささげるためにギブオンへ行った。そこは最も重要な高き所であったからである。ソロモンはそこの祭壇の上に一千頭の全焼のいけにえをささげた」
メソポタミア地方には古くから異教の神を高い場所で拝む習慣がありました(2王21:3)。それとは別に聖書にはアブラハムがイサクを捧げようとした場所が山頂であり(創22:4)、アドナイ・イルエはそのまま「主の山の上には備えがある」の意味があります(創22:14)。また、モーセシナイ山十戒を授けられ、主が高い山に現れたことはイスラエルの民も知っていました(出24:12)。異教の習慣と聖書の神が高い場所でアブラハムモーセと会われたことは、「高き所」の一つの要因となっています。さらにギブオンはヨシュアが主に願うと「民がその敵に復讐するまで、日は動かず、月はとどまった(ヨシュ10:13)」という奇跡が起きた場所です。これらの異教の風習と聖書の記述が奇妙にマッチし、「高き所」でいけにえを捧げるようになったと考えられます。本来なら、聖所、至聖所、さらには契約の箱のある場所でいけにえを捧げるべきなのでしょうが、何か変なしきたりがイスラエルに根付き、ヒゼキヤの時代まで「高き所」は続きます(2王18:4)。しかし、ソロモンは「高き所」で他の神を拝んでいたのではなく、聖書に書かれているイスラエルの神に千頭のいけにえを捧げたのです。