ミカ3章 彼らから顔を隠される

ミカ3:4「それで、彼らが主に叫んでも、主は彼らに答えない。その時、主は彼らから顔を隠される。彼らの行ないが悪いからだ」
アダムとエバは罪を犯した後、神の御顔を避けて園の木の間に身を隠しました(創3:8)。また、律法にはもし神と人との契約を破るなら「その日、わたしの怒りはこの民に対して燃え上がり、わたしも彼らを捨て、わたしの顔を彼らから隠す(申31:17)」とあります。人が罪を犯すなら、その罪のために神をまともに見ることができなくなり、また、神が人に罪を見出すならその顔をそむけられます。どちらにしろ、神の顔を見るためには汚れていないことが必要です。顔をそむけられることは、見捨てられることに等しい扱いです。イエス様も十字架上で死ぬほんの一舜、神が顔を隠されました。それはイエス様が罪びととして数えられ、全ての罪を背負われた瞬間でもあります。イエス様の死因は心臓破裂だと考えられています。それは、父なる神から一瞬でも顔をそらされたことが、耐え難いショックで、それほど父なる神との愛の関係は深かったのです。ミカはユダ国民に対して、「いくら主に叫んでも答えられない。その時、主は彼らから顔を隠されるからだ」と預言しています。顔を隠されることがどれほど辛いことかは、ユダ国民にはピンときていないようですが、実は死刑宣告にも値する大事なことなのです。主との関係があってこそのユダヤ人ですが、その関係が崩れるなら、彼らに救いはないのです。