使徒3章 悔い改めて、神に立ち返りなさい

使3:19「そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい」
神と人とがどういう関係にあるべきなのか…律法に書かれているように罪を犯したのなら、いけにえを捧げて罪をチャラにしてもらえばいいのでしょうか?そして、また罪を犯したら別の定められたいけにえを捧げて、おしまいなのでしょうか?罪のためのいけにえはイエス様が一度きりの捧げものとして、捧げられました(ロマ6:10)。結局、律法の行ないが神の前で正しいものだとは認められなかったのです(ガラ2:16)。神に対して罪があるのなら、罪を悔いて、神に立ち返るべきではないかとペテロは言っているのです。そこには祭司や大祭司などが介在するものではなく、神に対して一対一で向き合い、赦しを乞い、神のもとに帰るのです。これはまだ神殿での話です。ペテロが話しているのはユダヤ人たちです。そして、足の不自由な男もアブラハムの子孫なのです。福音を伝えるのに、このような強い説得力があればと願いますが、ペテロの時代は、まだ律法やいけにえという単語を使っても理解できるときでした。イエス・キリストが神の和解の象徴ならば、和解を受け入れ、キリストを信じる信仰によって神に近づければと願います。