ニコライ派

黙2:15「それと同じように、あなたのところにもニコライ派の教えを奉じている人々がいる」
エペソではニコライ派を憎む人たちがいて(6)、片やペルガモの教会ではニコライ派を信奉する人たちがいました。ニコライ派は黙示録にしか出てこない言葉なので、詳しいことはわかりませんが、バラムの教えと並び数えられることや、イエス様自身が「憎んでいる」と言っていることを総合するなら、人を惑わす教えであったことは間違いないでしょう。特にバラムは、神の言うことに従うふりをして、神の言われなかった抜け穴をバラクに教え、イスラエルに姦淫の罪を犯させました(民22章)。ニコライ派はバラムに並ぶような忌み嫌われる教えだったようです。主の忌み嫌われるものは何でしょうか?それは「偽り」だと思います。もし、そうならばニコライ派もまた偽りの教えだったのかも知れません。ペルガモの町の堕落はひどく、サタンの王座があり、サタンが住でいたとも書かれています(13)。サタンの得意技は、偽物をあたかもそれらしく見せることです。明らかに反キリストより、キリスト教そのものに化けたほうがだましやすいものです。そういう意味においては、ニコライ派の教えはキリストの教えにそっくりでありながら、人々を堕落させる教えがその中に微妙に含まれていたのかもしれません。主はうわべや言葉だけでなく、心の本質を見破られます。ニコライ派はキリストの教えそっくりでどこかに大きな穴があった教えではないでしょうか?