天幕の真ん中に安置した

1歴16:1「こうして、彼らは、神の箱を運び込み、ダビデがそのために張った天幕の真ん中に安置した。それから、彼らは神の前に、全焼のいけにえと和解のいけにえをささげた」
モーセの幕屋には大きな板の囲いがあり(出26:15)、その空間の中に祭壇(出27:1)、洗盤(出30:18)が置かれ、その先に聖所があります(出25:8)。聖所の中はさらに幕で仕切られており、幕の先は至聖所と呼ばれていました(出26:33)。この至聖所には契約の箱が置かれ年に一度大祭司だけが入ることが許され、主と交わりを持つのです(ヘブ9:7)。ところがダビデの作った天幕には、ど真ん中に契約の箱があったと書かれています。契約の箱と聖なる場所を区切る幕はどうしたのでしょうか?しかも、レビ人を主の箱の前 で仕えさせた…とあります(4)。さらに驚かされるのは「祭司ベナヤとヤハジエルは、ラッパを携え、常に神の契約の箱の前にいた(6)」と書かれていることです。何もかもモーセに命じたものとは違っています。もうここまでくるなら、主の怒りはいかほどだろうと心配してしまいます。ところが彼らには主の怒りは燃え上がらず、誰一人として逆鱗に触れて死ぬものはいませんでした。それどころか「ダビデの倒れている仮庵を起こす(アモ9:11)」と言われているのです。