主の目の前に

2歴31:20「ヒゼキヤはユダ全国にこのように行ない、その神、主の目の前に、良いこと、正しいこと、誠実なことを行なった 」
ヒゼキヤはどこでまことの神を知り、主に従う信仰を養ったのでしょうか?現在のユダヤ人の中でも昔ながらのしきたりとおきてを守っている「超正統派」という集団がいます。イスラエルの中でも超正統派は20%未満で、多くのイスラエル国民はアブラハムの神を信じていますが、特に律法基づく行事を古い慣習に従って行うことはありません。しかし、子どもたちへの教育はとても厳しく行っています。そのために聖書のみならず、古代ヘブル語、アラム語、英語など複数の言語を話せる子どもは多くいます。ヒゼキヤの父アハズは異教の神の祭壇を街の角々に立て、宮の戸を閉めてしまいます(28:24)。父アハズの閉めた戸を開き(29:3)、ヒゼキヤの宗教改革は始まります。その行ないは主に受け入れられ、病で死ぬ時間を15年も延ばしてもらっています(2王20:11)。それにも関わらず、 ヒゼキヤの息子マナセはアタルヤと並ぶ悪王を称され、ヨシヤ王がどんなに頑張ってユダ国の民を主に立ち返らせても「マナセのゆえに」ユダ国が滅ぶことは免れませんでした(2王23:26)。マナセはヒゼキヤが寿命を延ばされた15年の間に生まれた子です(2王21:1)。ヒゼキヤが主に感謝し、息子マナセに主への信仰と忠誠を教えていたなら、ユダ国はもう少し永らえたかも知れません。