ヨブ記33章 二度も三度も人に行なわれ

ヨブ33:29「見よ。神はこれらすべてのことを、二度も三度も人に行なわれ 」
「これらすべて」というのは、いくつかの方法で人に語り(14)、人にその悪いわざを取り除かせ、人間から高ぶりを離れさせ (17)、人のいのちがよみに入らないようにされ(18)、人をあわれみ正しさを代弁し(21-25)、祈るなら義をもって報いてくださる(26)…というものです。人が人生を過ごす間に多くの働きがあり、いつも人がよみに下ることのないように配慮が感じられます。エリフによれば細心の神のご配慮は一度ではないと語っています。それほど人を思っておられる神に対して、ヨブの考え方は間違っているとエリフは訴えています。「黙れ(33)」のヘブル語「charash(ハラーシュ)」には「割り込む」とか「耕す」という意味があります。エリフは大胆にも年上で地位もあるヨブに対して「もし、言い分があるならば、私に言い返せ。言ってみよ (32)」と、自分の主張の正しさをヨブに反論させようとしています。裏を返せば、それほどエリフは神がどういうお方であるか、という持論に自信があるのだと言えます。神は「人のたましいをよみの穴から引き戻し、いのちの光で照らされる (30)」とあります。それはたとえヨブがよみの穴に下るようなことがあっても、主はヨブを覚え、ヨブのいのちを光で照らしてくださるという福音でもあるのです。