イザヤ59章 あなたがたの罪が

イザ59:2「あなたがたの咎が、あなたがたと、あなたがたの神との仕切りとなり、あなたがたの罪が御顔を隠させ、聞いてくださらないようにしたのだ」
アダムとエバが罪を犯したとき、最初に気づいたことは自分たちは裸だということでした(創3:7)。また、主が園に来られたとき「主の御顔を避けて園の木の間に身を隠した(創3:8)」とあります。このときには「罪」という単語は使われていませんが、アダムとエバの心には主を直視できない感情が芽生えていました。罪はヘブル語で「chatta-ah(ハッターア)」で、聖書に最初に登場するのはカインが自分の捧げ物に目を留めてもらえないときに主が語ったことばの中にあります(創4:7)。このときもカインは神の顔を直視できず、顔を伏せていました(創4:6)。過ちを犯したときに、逃げ隠れするのはどの世界でも同じで、犯罪者が公に犯罪を犯さず、陰で動くのは神の摂理によります。神と人との間を隔てるのは「罪」で、イザヤはこの罪を贖う人が来ることを預言しています(20)。神の考えた方法は神の子の血で全人類の罪を贖うという方法で(エペ1;7)、世界中のどんな人も思いつかない仰天のアイデアでした。