詩篇85篇 再び生かされないのですか

詩85:6「あなたは、私たちを再び生かされないのですか。あなたの民があなたによって喜ぶために」
ヤコブの繁栄が元どおりになり(1)、すべての罪をおおわれた(2)としても、命がみなぎらないと主を求めることもないでしょう。バビロン捕囚帰還後だと考えられているこの詩には、怒りを静め(4)、救いを求める様子が書かれ(7)、再スタートする気構えが感じられます。モーセが率いて出エジプトしたときも、約束の地に入ったときも、前途多難で簡単にイスラエルの繁栄を手に入れたのではありません。イエス様の宣教も、その前に断食とサタンの誘惑を乗り越えてスタートしました(マタ4:1-16)。神のご計画には「練られる」という大事な要素が常に関わってきます。パウロも「忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです(ロマ5:4)」と語り、忍耐から始まる練られることの必要性を説いています。ここで「再び」と書かれているのは、一度ダウンしたけれども、もう一度立ち上がって主を求めようとする気概が感じられます。何事も初めからうまくいくわけではないのです。