創世記27章 声はヤコブの声だが

創27:22「ヤコブが父イサクに近寄ると、イサクは彼にさわり、そして言った。「声はヤコブの声だが、手はエサウの手だ」」
話の筋を追って考えるなら、イサクはエサウが長子の権利をヤコブに譲ったことは知らなかったように思えます(25:33)。それならばイサクが跡継ぎのエサウに対して祝福を与えるのはごく自然なことです。しかし、リベカは違った考えを持っていました。ここで夫婦でありながら、好みの違いが浮き彫りになってきます。イサクはエサウを愛していました。彼の猟の獲物を食べるのが好きだったからです(25:28)。それに対してリベカはヤコブを愛していましたが、理由は書かれていません(25:28)。エサウは母リベカを敬い、親切にしてくれる嫁を選びませんでした。リベカとエサウの結婚したヘテ人の2人の妻との嫁と姑の関係は良好ではありませんでした(26:35)。このことはヤコブエサウから逃がすための、絶好の口実となりました(46)。それにしてもイサクは日ごろ聞きなれているヤコブの声を聞くなら、お前は誰だねとは尋ねないだろうと思います(18)。しかし、聖書の伝える内容はイサクがヤコブの手に触り(23)、幾度もエサウ本人かを尋ね(24)、ヤコブの持ってきた料理を食べたとあります(25)。いくつもの難関をくぐりヤコブが祝福を受けました。