マタイ11章 わたしは心優しく

マタ11:29「わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます」
「心優しい」のギリシャ語「prays(プラウス)」は、「我慢する」とか「おとなしい」という意味があります。山上の垂訓で「柔和な者は幸いです(5:5)」の「柔和」は、「心優しい」と同じ単語が使われています。また、「へりくだっている」のギリシャ語「tapeinos(パタイノス)」は、「低くされる」という意味があります。くびきをつけられるなら、二人三脚のように常に一緒に歩くことになります。イエス様は「わたしから学びなさい」と言われました。聖書には「神の御姿である方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました(ピリ2:6-7)」とあるように、どんなにへりくだった人でも、神のあり方を捨て、自分を無にするお方にかないようもありません。イエス様の言われる「わたしはへりくだっている」は、紛れもない事実で、人がこれ以上の師を見つけることなどできないと思います。しかも、そのお方が「わたしのくびきは負いやすい(30)」とまで言われるのです。「わたしが道である(ヨハ14;6)」と言われたイエス様の道を歩むためには、心優しい、へりくだったイエス様から学ばなければなりません。