ヘブル7章 アブラハムから十分の一を取って

ヘブ7:6「ところが、レビ族の系図にない者が、アブラハムから十分の一を取って、約束を受けた人を祝福したのです」
アブラハムが受けた約束というのは、まだアブラムと呼ばれていたときに神の示す地へいけば「あなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう(創12:2)」と言われたことだと思います。パウロはこれは世界を相続する約束だと言っています(ロマ4:13)。メルキゼデクはいと高き神の祭司だとあります(創14:18)。レビ人が祭司のなったのは、モーセが「だれでも、主につく者は、私のところに(出32:26)」と言ったときに、レビ族がモーセの元に集まってからです。そして十分の一をレビ族が受けるようになったのも荒野でのことでした(民18:21)。アブラハムがしたことは、やがて生まれるレビが祭司メルキゼデクに十分の一を捧げたことと同じ意味を持ちます。その結果、十分の一を受ける祭司が十分の一を捧げたことになりました。子どもが大人を祝福するのは滑稽に映ります。当然上のものが下のものに対して祝福を与えるのです(7)。神から約束を受けたことを祝福できるのは、レビの系図の祭司ではありません。神ご自身が自分の与えた約束を祝福するのは変です。アブラハムより上位で、なおかつ祭司で、神ご自身ではない人が唯一アブラハムを祝福できるのです。