詩篇101篇 私は曲がったわざを憎みます

詩101:3「私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。それは私にまといつきません」
ダビデが実直で、義理堅いことは聖書のいたるところに書かれています。あるとき「ベツレヘムの井戸の水が飲めたらなあ」とつぶやくと、ダビデの3勇士はペリシテの陣を超えて水を汲んできたことがあります。しかし、ダビデはこの水を飲まず、「これは3勇士のいのちをかけた水ではないか」と主にささげたのです(2サム23:15-17)。また、サウルが執拗にダビデを追いかけたとき、あるほら穴でサウルの裾を切るまで接近したときがありました。そのときも「彼は主に油そそがれた方だから」と絶対に手出しをしませんでした(1サム24:6)。さらに、まだマハナイムにいたときバルジライから多くの寄付をもらい、世話になったことに対し(2サム17:27)、彼を養いたいと申し出たことがありました(2サム19:33)。そのほか、アマレクがダビデの町を襲い、妻や子どもを略奪されたおき、途中力尽きて追いつけなかった200人に対しても安否を尋ね、平等に分け前を配っています(1サム30:1-25)。これらの話はダビデが曲がったことが嫌いな性格であることを証ししているものです。この詩編の詩を歌っているのがダビデだということがわかる逸話です。ダビデは隣人をそしったり、高ぶる目と誇る心を避ける王だったのです。