詩篇107篇 その恵みはとこしえまで

詩107:1「主に感謝せよ。主はまことにいつくしみ深い。その恵みはとこしえまで」
この表現は主を賛美するときの定形のもので、同じパターンが聖書の至るところで見受けられます。特に「その恵みはとこしえまで」という表現は、詩篇136篇では毎節ごとに出てくる歌になっています。この歌い手はやみくもに神を賛美せよと言っているのではなく、ほめたたえるのには理由があります。それは「贖われた(2)」、「救い出された(6)」、「救われた(13)」、「連れ出された(28)」とあるように、困難な状況のなかでも必ず主の助けがあったことを示しています。しかも、神が介入される場合は不思議なわざを伴い、「寄しいわざ(21、31)」のゆえに神に感謝せよとあります。本来なら人は自分にいのちがあることだけでも神に感謝すべきですが、多くの人は「生きている」と「生かされている」の違いがわかっていません。それでも、主は人の目にみえるように不思議なわざを行い、神の民を助けるのは「主」であることを示しておられます。そのことだけでも主がいつくしみ深く、あわれみに満ちておられる方だということがわかります。この詩篇の歌い手は、たとえ神を侮った者であっても、苦悩の中から主に向かって叫ぶなら救われることを知っていました(11-13)。たとえ罪が襲ってきても、サタンが誘惑してきて失敗しても、主に叫び求めるなら救われるのです。