詩篇137篇 おまえに仕返しする人は

詩137:8「バビロンの娘よ。荒れ果てた者よ。おまえの私たちへの仕打ちを、おまえに仕返しする人は、なんと幸いなことよ」
バビロンでは捕囚となったユダヤ人たちは奴隷として扱われていました。彼らに余興を求められたのなら、従わなければなりません。立琴(2)をもっているのなら、シオンの歌でも歌ってくれ、とか言われたのでしょう。「右手がその巧みさを忘れるように(5)」というのは、立琴を弾く手の様子を言っているのだと思います。「舌が上あごについてしまう(6)」というのは、歌えなくなることを指しています。それほどシオンの歌を歌えと言われたのは嫌だったのだと思います。それは音楽が単なる音楽ではなく、神に対しての賛美だということが、バビロンの人たちにはわからなかったからです。歌い手はかつてエドムに滅びの預言をしたように(イザ34:5)、バビロンにもそのようにして欲しいと願っています(7)。「バビロンの娘」の「娘」は、ヘブル語「bath(バス)」が使われ、「娘」の意味のほかに「町」や「村」の意味もあります。いま、神に望むことは自分たちが仕返しをするのでなく、いずれバビロンを滅ぼすものが現れ、その者がイスラエルの民にしたことと同様な苦しみを与えてほしいということです。ここでも決して自分たちがさばくのではなく、神にゆだねる姿勢が見られます。しかし、もともとはイスラエルの民の不信仰がバビロン捕囚を招いたのです。