エゼキエル25章 あはは、と言ってあざけった

エゼ25:3「あなたはアモン人に言え。神である主のことばを聞け。神である主はこう仰せられる。わたしの聖所が汚されたとき、イスラエルの地が荒れ果てたとき、ユダの家が捕囚となって行ったとき、あなたは、あはは、と言ってあざけった」
アモン人がバビロンから優遇され、攻め入る候補から除外されていたわけではありません。アモン人もユダが滅んだ後にバビロンから攻められています。ただ、わずかな時間差のゆえに、先に攻め込まれ多くの民を捕囚されるさまは、近隣諸国には愉快に思えたのでしょう。バビロン捕囚の様子は、フランスの画家ジェームス・ティソが描いたものが有名で、足かせを付けられたユダヤ人たちが、神殿のある城壁から連行されている作品があります。もし、このような情景が実際にあったのなら、近隣諸国はあれほど栄華を極めたユダ国のなれの果てを見て、どのように思ったことでしょう。主は、アモン人たちは「あはは」とあざけったと言われています。それは、いにしえのころから語りつがれる出エジプトの奇跡の数々や、主に導かれて約束の地までやってきて、その地を制圧し王国を立てたユダヤ人を、やはり神の民だと認識していたからではないでしょうか。にもかかわらず、神の律法からはずれ、異教の神をおがみ、異教徒のおかしな風習まで真似ていたことは近隣諸国も知っていたのだと思います。アモンもモアブも、本来ならアブラハムとは親戚関係にあり、彼らもまたイスラエルの神を信じるべき民でした。ユダヤ人をあざける権利は彼らにないゆえに、主はさばきを預言されています。