2サムエル8章 すべての者に正しいさばきを行なった

2サム8:15「ダビデイスラエルの全部を治め、その民のすべての者に正しいさばきを行なった」
原文では「正しいさばき」は2つの単語になっています。「さばき」は「mishpat(ミシュパット)」で、「正しい」は「tsedaqah(ツェダカア)」が使われています。さばきの「mishpat」は、士師記の士師がさばくときに使われています(士4:5など)。神の律法に従って判断を下すことを「さばき」と呼びますが、そこには正義「justice」「righteousness」がなければなりません。かってな人間的な判断で良し悪しを決めてはいけないのです。イエス様がいわれた「さばいてはいけません(マタ7:1)」はこのことを指しています。モーセイスラエルの民のためにさばきの座についています(出18:13)。ダビデイスラエルのためにさばいたのはモーセのときと似ていると思います。そして、ダビデのさばきは常に正しかったのです。ダビデが人気があるのは、戦いに常勝し、神の前で上手に賛美し踊っただけではありません。彼の恩を忘れない態度、油そそぎのある者への敬意、部下を思いやるやさしさもダビデが後世まで語り継がれる要素だと思います。しかし、当時のイスラエルの民にとっては、ダビデ王のさばきが神の律法から離れず、いつも正しい判断をしていることは信頼に値するものです。ダビデ王の人気の秘密は、彼の判断力にもあったようです。