エステル6章 私以外にだれがあろう

エステル6:6「行ハマンが入って来たので、王は彼に言った。「王が栄誉を与えたいと思う者には、どうしたらよかろう。」そのとき、ハマンは心のうちで思った。「王が栄誉を与えたいと思われる者は、私以外にだれがあろう」」
そもそもモルデカイがハマンにひれ伏すことを拒んだことが、事の発端でした(3:2)。それは王の命令に背く行為でしたが、モルデカイは罰せられるのを恐れず、イスラエルの神だけを拝む信仰を見せたのです。嫉妬深く、執念深いハマンはモルデカイだけに手を下すことをせず、彼に属するユダヤ人全員を根絶やしにしようと企んだのです(3:6)。彼の人に認められたいという欲求は計り知れず、王が栄誉を与える、と言っただけで、それは自分のことに違いないと勘違いします。この後、エステルの宴会で彼の悪巧みが王に知れ、いよいよ王の罰を受けようとしたとき、彼はエステルの前でひれ伏して命乞いをしています(7:8)。上の者にはひれ伏し、下の者にはひれ伏させるのは、現代でもよく見られる扱いにくい人たちの典型です。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」は、マーベルコミックのスパイダーマンの中に登場する言葉ですが、ハマンには権力はあっても、それに見合う責任感が欠如していました。その根本にある考えは「密雲の頂に登り、いと高き方のようになろう(イザ14:14)」というサタンの考え方と同じです。人にはどうしても避けられない誘惑は、支配力だと思います。それゆえサタンもイエス様を世界の栄華を見せて誘惑したのです(マタ4:8-9)。