篇9篇 おのれがただ人間にすぎないことを

詩9:20「主よ。彼らに恐れを起こさせてください。おのれが、ただ、人間にすぎないことを、国々に思い知らせてください。セラ」

神と人との区別は創造者と被創造物の違いです。何を根拠に人は思い上がり、高ぶるのでしょうか。高ぶる理由は権威、力、財力などいろいろな要素が考えられますが、それぞれ誰からも侵されない領域を持っており、自信に満ちています。それでも決定的に違うのは、人は自分の齢を支配できないことです。実は人には神と交わり、神から出る一つ一つのことばによって生かされていることを知るという目的があるのです。ダビデはひたすら主に感謝し、主を賛美していますが(1ー2)、彼自身、神と人との関係をよく理解していたのだと思います。そのため、神の領域である「さばき」には手を触れませんでした。詩篇を読むならばダビデは神に「救い」を求めている表現をよく目にすることでしょう。神にばかり頼らず、自分の力で判断し行動すれば、と考えがちですが、ダビデは主が正しい判断をすることを願っており、知っていました。悪者を滅ぼし、正しい訴えを支持し、義の審判者だと理解していたからです(4-5)。神を知れば知るほど、高ぶることが愚かに見えてきます。ダビデは所詮人が誇ったところで、それは被造物の「人間」の愚かさを示しているにすぎません。主を恐れる態度は人を「人間」として自覚させるものだと思います。