士師記20章 あなたがたの手に渡す

士20:28「当時、アロンの子エルアザルの子ピネハスが、御前に仕えていた―そして言った。「私はまた、出て行って、私の兄弟ベニヤミン族と戦うべきでしょうか。それとも、やめるべきでしょうか。」主は仰せられた。「攻め上れ。あす、彼らをあなたがたの手に渡す」」

すでに2回主にうかがいを立てています(18、23)。そのたびにイスラエルは負けて、退却を余儀なくされています。主がそうせよと言ったにもかかわらず、結果はイスラエルの予想したものとは違っていたのです。人は神の言うことなら、すべて結果が伴うと想像しがちですが、人の計画と神の計画とは違います。このときイスラエル人は「全民こぞってベテルに上って行って、泣き、その所で主の前にすわり、その日は、夕方まで断食をし、全焼のいけにえと和解のいけにえを主の前にささげた(26)」とあるように、態度を改めたのです。神の前にかしずき、悔い改め、いけにえを捧げ、断食をしたのです。主はただ祈れば応えて、お願いすれば聞かれるようなお方ではありません。人との交わりをよろこび、人が苦境にある状態でもその心の中を見ておられます。真剣に神を求めるとき、神も応えてくださいます。イスラエル人が主からの回答を得たとき、伏兵というアイデアも生まれ、ベニヤミンにはどのように攻撃するかを知るようになりました。そして、お互い違う部族同士でしたが、同じ敵を持つ者として信頼して戦いました(36)。伏兵は待ち伏せる側と追い込む側とで息があわなければなりません。彼らの信頼は結果となって現れました。