詩篇120編 彼らは戦いを望むのだ

詩120:7「私は平和を―、私が話すと、彼らは戦いを望むのだ」

日本は平和憲法で守られていますが、武力を問題の解決には使わないとどんなに相手に訴えても、隣国は武力を盾に迫ってきます。憲法で平和を唱えていても、また軍を持たないようになっていても、実際には自衛隊の装備は武具であり、他国と戦闘しても耐えうるものです。この詩篇の歌い手も「平和を」と相手に話しても、戦いを望まれています。「平和」はヘブル語「shalom」が使われ、エルサレムのサレムはシャロームすなわち平和のことです。インドの独立の際はガンジーが「不服従運動」の考え方を広め、多くのインド人がこの考え方に共感し、最後はインド独立につながりました。しかし、殴られても、痛めつけられても抵抗しないというのは勇気がいることです。平和を求めるのには犠牲が伴うもので、武力に武力で対抗している限り本当の平和はおどずれないのでしょう。世界の大国と呼ばれる国々はすべて核を保有しており、その核の保有数で力の均衡を図るという愚かな行為が繰り返されています。相手を支配すれば、気持ちはいいかもしれませんが、本当の平和を手に入れるには程遠いものです。好戦的で平和を憎む相手には(6)、本当の意味の平和は訪れず、敵から狙われる恐怖の胸に毎日を過ごすのです。