詩138:1「私は心を尽くしてあなたに感謝します。天使たちの前であなたをほめ歌います」
「天使たち」は原語では「elohim(エロヒム)」が使われ、「神々」とも訳せます。なぜこれほどダビデは神に感謝を捧げているのでしょう。ひとつには「彼らがあなたの口のみことばを聞いたからです(4)」が挙げられます。聖書には権威があり、「天地が滅びうせない限り、律法の中の一点一画でも決してすたれることはありません(マタ5:18)」とあるように、聖書に書かれている律法は全て成就することになっています。神と人とに何の接点もなく、ただ信じろと言われても雲をつかむような話です。神は何か形のあるものや、拝む対象を作ることを禁じています(出20:4)。しかし、人には聖書が与えられています。偶像ではなく「ことば」が人の心を生かし、戒め、導いてくれます。しかし、1189章(あるいは1188章)とも言われる、聖書の全部の章を学ぶのには多くの時間が必要です。聖書の中の約束や、預言は年々解き明かされ、書かれていることは間違いなく成就しています。このように間違いのないことばは、この世に1つしかありません。ダビデは神のことばを聞けただけで感謝だと悟っています。偶像はなくても聖書のことばがあります。ことばはダビデを励まし、勇気づけ、慰めてくださいます。それゆえダビデは心からの感謝をささげているのです。